ペン回しの歴史

ペン回しの発祥は諸説ありますが、遡れば日中戦争の時代(1940年頃)には「鉛筆回し」として存在していたとされています。

以降、1970年代からのペン回しの歴史を見ていきたいと思います。

1970年代

高度経済成長の中、大学受験戦争が過熱し、その頃の大学受験予備校を中心にペン回しの文化が発達していったと言われています。

1997年

近藤英章氏によって世界初となるペン回しのWEBサイト「私のペン回しの歴史」が公開され、ノーマルやソニック等の命名の他、有機化学の命名法を元にした技の表記法が開発されると共に、それまで各地に散在していたペン回しの技が1ヵ所に集約され、ペン回しの発展の基盤となりました。
また、これを皮切りに台湾系南米人のKAM氏等を筆頭に世界各地でペン回しの技を集約したサイトが公開され始めました。

2000年代

インターネットの発達とペン回しの定義の確立により、技のパターンが出尽くしたことを受け、当時のペン回し愛好家達は新たな技を習得することの楽しみを失い、新たな楽しみ方を求めるようになります。

そんな中、いくつもの技を組み合わせて10秒程度の演目として構成する”フリースタイル(以下FS)”という概念が海外で提唱されました。

これがaysh氏により開設された「ペン回し資料室」というサイトを通じて日本のペンスピナー達に広まり、現在では主流の楽しみ方となっています。

また、同時期に韓国のペン回しコミュニティ「PenDolSa(ペンドルサ)」が、ハイテンポな曲をバックに何人ものペンスピナーがFSを行うプロモーションビデオを公開しました。この動画は”神動画”として当時の動画まとめサイトなどで紹介され、さらにそれを取り上げるTV番組などの影響によりペンスピナーの数は激増しました。

2005年

日本のペン回し総合掲示板(フォーラム)である「JapEn Board」通称JEBが開設、同年12月25日には、その1年を総括するプロモーションビデオ「JapEn 1st」が公開されました。

この年以降、何人ものペンスピナーによるFSを集め、音に合わせた編集を加えた映像作品とする”Collaboration Video(以下CV)”という文化が日本でも広まりました。

JEBを中心にCV作成の発表とFSの募集が行われ、ペンスピナー達は出演したいCVに自分の自信のあるFSを応募、審査によって実力が認められればそのCVに出演できるという流れが構築され、上質なCVへの出演がペンスピナーのステータスとなり、CV出演のために腕を磨くというペンスピナーにとって分かりやすい目標が生まれるようになりました。

その中でも、現在まで毎年続いている”JapEn”シリーズへの出演は、日本のペンスピナーにとっての憧れであり、大きな目標となっています。

2007年

Clash氏がペン回しの国際フォーラム”Universal PenSpininng Board(UPSB)”を中心に、「Pen Spinning World Tournament」として、世界のペンスピナーがFSを競い合う初のオンライン世界大会を開催。また、翌年には「Pen Spinning WorldCup」として国別対抗の世界大会団体戦が行われ、以降2015年まで個人戦と団体戦が交互に行われました。

2008年

日本でも初の全国大会が行われ、メディアでも大きな注目を浴びました。翌年には”ジャグリングショップ ナランハ”主催で「Naranja Penspinning Festival(以下NPF)」が開催され、NPF内でのトーナメントも開催、事実上このトーナメントが現在全国大会と位置づけられています。

2012年

東北地方を活躍の舞台として、ペン回し普及を目的とした団体「みちのく旋転会」が結成され、ダンスバトルを元にしたペン回しのバトルイベント「戦転独眼竜」が仙台にて開催、翌年には舞台を新大久保に移し、後継イベント「戦転GROOVE」を開催し、ペン回し界を盛り上げました。

そして2017年、ペン回し界の体制を作り上げるべく、本連盟が結成されました。